またねっ子が『富士登山の思い出』を作文にしてくれました!
- mata-ne

- 2 時間前
- 読了時間: 4分
今年でまたね暦6年目になるベテランまたねっ子の女の子。
熱海市の各小学校5年生から1名ずつ選ばれた子どもの作文が冊子に掲載されるようなのですが、昨年のまたね塾夏合宿で行った富士登山の思い出を、素晴らしい作文に残してくれました!!
夏合宿の中で烏帽子山での練習を経て、またねっ子16名で挑んだ富士山頂までの登山。
5合目に着いてから、山小屋で休憩を挟みながら自分の足で一歩ずつ進んでいく合計9時間半の道のり。
いつも生活しているところとは全く違う環境で、心も体もその土地や標高に順応するので精一杯な中、
一人では成し得ないことでも仲間と一緒なら不思議と勇気と元気が湧いてくる。
誰もが心の中で葛藤しながら、それでも仲間と声を掛け合い励まし合い、
『誰かのために』を合言葉に、勇気を与え合いながら一歩一歩登っていきました。
またね自然学校の原点ともいえる富士登山。
みんなの心に一生の思い出として残ることを願いながら、
スタッフも全力で準備をしてこの日を迎えました。
あの日のことを、こうして言葉として残してくれたことに感謝の気持ちでいっぱいです。
『今までで一番心に残った。』
そんな富士登山の思い出。
ぜひご一読ください!!
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『たくさんの気持ち』
五合目に着いた。すごくすずしくて、景色がきれいだった。お昼ご飯を食べて、登り始めた。最初はリュックサックが重くて
「ちょう上になんか登れない。」
と言っていた。何歩か歩くと
「はあはあ。はあはあ。」
とすぐつかれていた。空気がうすくて、すぐに息が切れてしまう。でも、周りの友達が他に歩いている人にあいさつをしたり、はげましたりしていて、
(わたしも、もっとがんばろう。)
という気持ちになった。七号目の宿がなかなか見えない。
(あきらめたい。家に帰りたい。もういやだ。)
と思っていた。でも宿が見えてくると
(がんばろう。あともう少し。)
と気持ちが前を向いた。
宿はあたたかくて、気持ちがよかった。宿で牛どんを食べた。それはそれはおいしくてたまらなかった。富士山に登らないと分からない味。
(本当においしい。)
つかれた体にしみわたる。このためにがんばったと言っても、うそじゃない。明日の朝は早いから、すぐに布団に入った。
夜の十二時。正直すごくねむくて寒かった。
歩き始めると、ねむくてねむくて仕方がなかった。歩きながらねてしまうのではないかと思った。少し休けいしておにぎりを食べて、また歩き始めた。
「はあはあ、つかれた。」
仲間の一人が高山病という、高い所に行くと気持ちが悪くなってしまう病気になった。全員で登れなくてくやしかった。だんだん岩がごつごつしてきた。登りにくくなった。
朝日が出てきてしまった。目の前はちょう上なのに、まだ一時間ぐらいある。
「でもがんばるぞ。」
最後の力をふりしぼってやっとちょう上に着いた。登りきったと同時にバタンとたおれこんだ。
「本当にぶんばってよかった」
今までで一番心から喜んだ。ご来光はきれいだった。みんなで記念写真をとって神社にお参りして、さあ、朝ご飯だ。
「おいしい。がんばってよかった。」
ねむいから少しお昼ね。もう下山だ。
(早いな。まだ下りたくないな)
と思いながら下り始めた。
下りはずるずるとすべった。すごくあぶなかった。上る人もいてすれちがいが大変だった。だから、何人かのグループに分かれた。
と中、マグマから出ている天然の水がポタポ夕たれていたので飲んだ。それからずつと歩いてだいぶ下まで下りてきた。ちょう上がうっすら見えて
(わたし、あそこにいたんだ。)
と自まん気に思えた。
しりとりや面白いことを話していると、あっという間にゴールが見えた。みんなでいっせいに最後の階だんを下りた。みんなにこにこになっていた。
「やった、富士山に登った。」
と心の中でさけんだ。
一生に一度の思い出になった。苦しくて帰りたい気持ち、全員で登れなくてくやしい気持ち、自然に包まれる幸せな気持ち、周りの人が支えてくれてうれしい気持ち。たくさんの気持ちがあるから登り切れた。これから自分も周りの人を支えられる人になりたい。






























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